まいぷれと宮前区が一緒につくる市民サイト『みやまえぽーたろう』さんの取材を受けました。
 《みやまえぽーたろう》 《掲載ページ》
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 川崎に生まれ、川崎に育った高橋秀一(ひでかず)さんは、3歳の頃から「大きなビルを建てたい」と口にしていたという。もちろん記憶もおぼろげな年齢ゆえ、親戚から伝え聞いたに過ぎない。だが実際、幼い頃からものづくりが好きだった。父が大工ということもあり、「下小屋」と呼ばれる作業スペースで、少年はいつも鋸や鉋を握り、材木に触れていた。そして中学に上がる頃には、漠然と抱いていた夢が明確なかたちを成していた。「大工になりたい」と。

高橋工務店(宮前区)取材

兄の秀一さん(写真左)と弟・弘幸さん

 一方、弟の弘幸さんの興味の先は、兄とは違っていた。大工を志して土木科に進んだ秀一さんとは異なり、弟は福祉の道を選ぶ。福祉の現場で生活指導員として働く傍ら、福祉住環境コーディネーターやケアマネージャーなどの資格を取り、またそれらの経験や知識を活かして、福祉全般に従事するようになった。

 まったく異なる道を歩んできた兄弟を繋げたのは、父の営む高橋工務店だった。兄は大学を卒業後、設計事務所やほかの工務店で幅広い知識を吸収し、棟梁である父を継ぐべく実家に戻る。また弟も、近年にわかに注目を集めるバリアフリーやユニバーサルデザインといった介護住宅の促進に向けて、自身の経験を活かせるのではないかと思い立ち、工務店の仕事に携わる決心をしたのだった。

高橋工務店(宮前区)取材

利用者の要望を汲み取った手作りの配膳カウンター

 ふたりとも、結局はものづくりが好きなんですよね」秀一さんは、柔和な笑みを見せた。
「私は家をつくり、弟もいまではNPO法人を立ち上げ、福祉教育の教材づくりや地域福祉研究まで行なっている。目指した道は違ったけど、お互い“オリジナリティ”を大切にしていることに変わりはないんです」

 兄の言葉に、弘幸さんも口を揃える。「私たちは大手ではありませんが、自分たちが昔から暮らして、この土地の風土を身をもって解っています。規模が小さい分、お客様の要望にも素早く反応できる。無理に背伸びをせず、父の代から愛着のある宮前区を大切にしていきたいですね」

 大工のよさは、「現場で利用者と相談しながら、その場ですぐに対応できる柔軟性にある」と、ふたりは言う。あらかじめ引いておいた図面に固執するのではなく、現場で初めて見えてくる問題点や不具合、たとえば利用者のもっとも使いやすい高さやかたち、サイズを即座に汲み取り、まるで即興演奏のように構築していく。要望の細部にまで即したこのオリジナリティこそが、住みやすさに繋がるわけである。

高橋工務店(宮前区)取材

木のぬくもりと使い勝手を重視する

 さらに弘幸さんは、福祉教材づくりの経験を活かし、顧客向けの情報誌を独自に製作している。
「たとえば防犯に欠かせない情報や老後に役立つ知識など、私たちが知り得るかぎりの情報を皆さんにお伝えすることで、さらにいい暮らしを提供できればと思っています」

 兄弟で二人三脚を始めて、10余年が経つ。
「仕事はすべて、『私たち家族が住むとしたら』という発想」だと、秀一さんは言う。
「20年経っても使い勝手がよくて丈夫な家づくりを、つねに念頭に置いている。関わったお宅は、一生の付き合いだと思っています」
高橋兄弟がつくるのは家だけではない。生まれ育ったこの地で、信頼をも築いている。

取材・文◎隈元大吾